診断書
【イライラ】小学校息子の同級生にマスクを着けずに学校に来ている子がいる。体質で着けられないらしいが他の保護者とその子は別室かリモート授業にしろと学校に抗議したが断られた。
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- イラっとした・ムカつく話
- もやもや
846 :ちわわ 2020/11/08(日) 19:10:49 ID:Vr.8q.L1
小学生息子の同級生、感覚過敏だか皮膚が弱いだか知らないが、
マスクを着けずに学校生活を続けている。
他の保護者らと、着けられないなら別室で学習させるなりリモート授業や自宅学習対応して感染対策をしろと学校に抗議したが、
体質や疾患の様な不可抗力な事情なのでと断られている。
だったら診断書なり見せろとさらに抗議を入れたらプライバシーに関わると一方的にお断り。
我が家はコロナ以降はマスクなしで遊びに来る友達は入れない方針にしていて、
息子の友達がその同級生と遊びに来たときもマスクなしなのでキッパリ断ったら泣かれた上に、
親連れてきて散々文句言われた。
このご時世に高学年にもなってマスク着けられない子供は発達障碍の可能忄生あるんだから、
特別支援学校なりに転校してほしいわ…
マスクを着けずに学校生活を続けている。
他の保護者らと、着けられないなら別室で学習させるなりリモート授業や自宅学習対応して感染対策をしろと学校に抗議したが、
体質や疾患の様な不可抗力な事情なのでと断られている。
だったら診断書なり見せろとさらに抗議を入れたらプライバシーに関わると一方的にお断り。
我が家はコロナ以降はマスクなしで遊びに来る友達は入れない方針にしていて、
息子の友達がその同級生と遊びに来たときもマスクなしなのでキッパリ断ったら泣かれた上に、
親連れてきて散々文句言われた。
このご時世に高学年にもなってマスク着けられない子供は発達障碍の可能忄生あるんだから、
特別支援学校なりに転校してほしいわ…
俺「1週間も連絡つかない…無断退職かな?」30代男「うぃーっす」俺「!?」上司「何で休んだ?」30代男「体調が悪くて寝て起きたら1週間ほど経ってた」俺「!?」→結果www
317 :ちわわ 2020/12/16(水) 03:43:46 ID:hYlTWIYL.net
職場の30代男忄生が突然会社に来なくなった
何度連絡しても連絡がつかず「無断退職かな?」って流れになってたら
約1週間後普通に出勤してきて衝撃
もちろん上司や社長に詰められるんだけど
「体調が悪くて、寝て起きたら1週間ほど経ってた」と言うw
「診断書は?」と聞くと
「一週間家で眠り続けてたので、病院に行ってないしあるはずがない」
「保険証も紛失中なので病院には行きませんでした」
あまりのぶっ飛んだ言い訳に一同、え、え、え、え、え???って反応だったw
ツッコミどころ満載すぎて、逆に突っ込みづれぇわwって上司も言ってた
連続無断欠勤なので本来はクビだけど、今回だけは信じますと、そのまま勤務継続になったのも衝撃
1年もしない内にまた数日間無断欠勤し、今度は「ヤ𠂊ザに命狙われてて逃げてた」とか言い出したのも衝撃
さすがにクビになったw
何度連絡しても連絡がつかず「無断退職かな?」って流れになってたら
約1週間後普通に出勤してきて衝撃
もちろん上司や社長に詰められるんだけど
「体調が悪くて、寝て起きたら1週間ほど経ってた」と言うw
「診断書は?」と聞くと
「一週間家で眠り続けてたので、病院に行ってないしあるはずがない」
「保険証も紛失中なので病院には行きませんでした」
あまりのぶっ飛んだ言い訳に一同、え、え、え、え、え???って反応だったw
ツッコミどころ満載すぎて、逆に突っ込みづれぇわwって上司も言ってた
連続無断欠勤なので本来はクビだけど、今回だけは信じますと、そのまま勤務継続になったのも衝撃
1年もしない内にまた数日間無断欠勤し、今度は「ヤ𠂊ザに命狙われてて逃げてた」とか言い出したのも衝撃
さすがにクビになったw
出張中に弟から泣きながらの謝罪電話が来た。弟「嫁に誘われて寝た」→嫁に電話して罵ったら…。嫁「無理矢理されかけたがなんとか撃退した」出張から戻ると郵便物が送られてきて…
【ガチクズ一家】義実家で義兄息子達に押さえつけられ胸をさわられた。俺も混ざるという義父に男の子ねーと他人事な義母。義兄夫婦は役立たずだしこの家どうなってるの?
342 :ちわわ 2013/01/02(水) 14:00:22 O
大晦日の話。
義実家で年の離れた義兄の息子達に押さえ付けられて胸を才柔まれた。
その場にいた義父は「おー若いエキス吸っとけー。」「俺も混ざるかな。」。
義兄はゲームに夢中。
旦那はちょうどお風呂にいた。
義母は「あらあらやっぱり男の子なのね。」とか完全に他人事。
義姉はオロオロ。
火事場の馬鹿力って凄いね。
甥達をはね飛ばして一人には鳩尾に、もう一人は股/間に蹴り。
15人近く座れる木の重い机をひっくり返して、仏壇を引きずり出してぶちまけている時に旦那が出てきた。
それ見た旦那、私を車に乗っけて病院に駆け込んだくれた。
両手首に押さえつけられた時の痣が出来たし、胸の下にも痣が出来てる。
旦那は家には帰らず、私を実家に送り届けて両親に事情を説明して泣きながら謝ってた。
仏壇をぶちまけた時に義父母が悲鳴を上げてた気がするが知るか。
新年早々DQN過ぎてすみません。
義実家で年の離れた義兄の息子達に押さえ付けられて胸を才柔まれた。
その場にいた義父は「おー若いエキス吸っとけー。」「俺も混ざるかな。」。
義兄はゲームに夢中。
旦那はちょうどお風呂にいた。
義母は「あらあらやっぱり男の子なのね。」とか完全に他人事。
義姉はオロオロ。
火事場の馬鹿力って凄いね。
甥達をはね飛ばして一人には鳩尾に、もう一人は股/間に蹴り。
15人近く座れる木の重い机をひっくり返して、仏壇を引きずり出してぶちまけている時に旦那が出てきた。
それ見た旦那、私を車に乗っけて病院に駆け込んだくれた。
両手首に押さえつけられた時の痣が出来たし、胸の下にも痣が出来てる。
旦那は家には帰らず、私を実家に送り届けて両親に事情を説明して泣きながら謝ってた。
仏壇をぶちまけた時に義父母が悲鳴を上げてた気がするが知るか。
新年早々DQN過ぎてすみません。
入院中の母「お母さんの部屋は汚いから掃除なんかしないでね」→母はその後病院で亡くなった。後日・・・私「何これ・・・嘘でしょ・・・」タンスの下から出てきたのは・・・
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401 :ちわわ 2016/03/11(金) 14:00:40 ID:fgYVkHee.net
両親に育てられたが、本当の父も母もわからなかった。
詳しいことはわからないままだし、割愛してる部分もあるので、ネタだと思って読んでいただいても。
物心ついた時から母が本当の母じゃないのは知ってた。
赤ん坊の時から育ててくれて、私がいつか傷つかないようにと、小さい時から本当のことをうまく説明してくれてた。
私を生んだ女性.のことは母もあまり聞いてないようだったし、私も興味がなかった。
そして母は溺愛というには有り余るほど私を愛してくれて、おかげさまで私は卑屈になったことはなかった。
父は田舎の長男ということで周りから「次は男の子を」と熱望されてたけど、父と母の間に子供はできなかった。
何年待ってもできないもんだから、気の強い祖母や親戚たちが、よく母に
「子ができないからわざわざ子のいる男を狙った」と
父のいないところでイヤミを言ってた。
そして両親は不妊治療を思いついた。
父には既に私という子供がいるので不妊の原因は母らしいけど、初診は夫婦そろってという事で、二人で検査に行った。
父が仕事の都合で結果を聞かず帰ってしまい、母だけが結果を聞いて帰ってきて、「やはり私が原因です」と言った。
周りから責められたけど、父母は別れなかった。
父は自分と子供に尽くしてくれる母と別れる気なんかなかったし、母は「私ちゃんと離れるなんてできない!」と言ってくれた。
何より私が母にベッタリだった。
しかしその後父がタヒんで母は私を連れて家を出た。
女の子とはいえ家の跡取りは私しかいないのに、母と親戚が話し合った後、すんなり家を出ることができた。
私は親戚に挨拶もせず、手早く家から連れ出された。
遠くの地で母との生活が始まった。
母は相変わらず優しかった。
父が残してくれたお金もあったので、母の収入でなんとか母子2人生きていけた。
詳しいことはわからないままだし、割愛してる部分もあるので、ネタだと思って読んでいただいても。
物心ついた時から母が本当の母じゃないのは知ってた。
赤ん坊の時から育ててくれて、私がいつか傷つかないようにと、小さい時から本当のことをうまく説明してくれてた。
私を生んだ女性.のことは母もあまり聞いてないようだったし、私も興味がなかった。
そして母は溺愛というには有り余るほど私を愛してくれて、おかげさまで私は卑屈になったことはなかった。
父は田舎の長男ということで周りから「次は男の子を」と熱望されてたけど、父と母の間に子供はできなかった。
何年待ってもできないもんだから、気の強い祖母や親戚たちが、よく母に
「子ができないからわざわざ子のいる男を狙った」と
父のいないところでイヤミを言ってた。
そして両親は不妊治療を思いついた。
父には既に私という子供がいるので不妊の原因は母らしいけど、初診は夫婦そろってという事で、二人で検査に行った。
父が仕事の都合で結果を聞かず帰ってしまい、母だけが結果を聞いて帰ってきて、「やはり私が原因です」と言った。
周りから責められたけど、父母は別れなかった。
父は自分と子供に尽くしてくれる母と別れる気なんかなかったし、母は「私ちゃんと離れるなんてできない!」と言ってくれた。
何より私が母にベッタリだった。
しかしその後父がタヒんで母は私を連れて家を出た。
女の子とはいえ家の跡取りは私しかいないのに、母と親戚が話し合った後、すんなり家を出ることができた。
私は親戚に挨拶もせず、手早く家から連れ出された。
遠くの地で母との生活が始まった。
母は相変わらず優しかった。
父が残してくれたお金もあったので、母の収入でなんとか母子2人生きていけた。