父親
4歳女児をスイミングスクールに入れた場合、父親が送迎するとなると着替える場所に入れる?母親が行かなきゃ駄目?→「なんで入れると思うの?」「男子更衣室に娘でも嫌でしょ」
【20歳の修羅場】母親から俺が親父との子じゃないと聞かされ、本当の親父に会ってみたければと連絡先を渡され悩んだ末に電話。会って即効封筒渡された。金たかりに来たと思われたw
母が他界し、母の友人から生前に家族宛のビデオレターがあるというので皆で見た。各々との思い出話をし最後に俺の話になると「父との間に出来た子じゃない」と衝撃発言!更に…
230 :ちわわ 2016/09/17(土) 16:20:19 ID:UQB
自分が二十歳の時に母が他界してからしばらくして大分落ち着いた頃に母の友人だった人から、母が生前家族にビデオレターを残していたとの事で
それを父、兄、姉と一緒に見ることになった。
初めは父に対して色々な思い出を語っていて、父も込み上げる何かがあったのか、半べそ状態で見いってたんだ。
んで、兄、姉の事を話始めて、最後に自分の話になった。
お世辞にも兄、姉と比べて良い息子だったと思えなかったし、勉強もあまり好きな方ではなかった。
母には迷惑ばかりかけてしまったんだけども、そんんな事は気にしていなかったようでホッしたのも束の間
最後の最後で、自分が父との間に出来た子じゃないという衝撃な事実をカミングアウトした。
それを聞いて父と顔を見合わせたけど、父も知らなかった様子で
父も兄も姉もパニック状態、自分は呆然としたままだったと思う。
ただ、ビデオレターの中で悲劇のヒロインぶって泣いてる母が凄く気持ち悪いと思えた。
とはいえ、20年も一緒に家族として過ごしてきたわけだし
事実がそうだったとしても、いきなりよそよそしくなる事もなく
とんでもない母親だったんだなということで
ただただ、残された自分達が胸くそ悪くなるだけのビデオレターだった。
で、自分が28になって結婚が決まったときに、ビデオレターを持ってきた母親の友人だった人から
自分が父親だと告げられた瞬間が8年越しでの最大の修羅場だった。
怒りに任せてぶっ飛ばしてしまったけども・・・
それを父、兄、姉と一緒に見ることになった。
初めは父に対して色々な思い出を語っていて、父も込み上げる何かがあったのか、半べそ状態で見いってたんだ。
んで、兄、姉の事を話始めて、最後に自分の話になった。
お世辞にも兄、姉と比べて良い息子だったと思えなかったし、勉強もあまり好きな方ではなかった。
母には迷惑ばかりかけてしまったんだけども、そんんな事は気にしていなかったようでホッしたのも束の間
最後の最後で、自分が父との間に出来た子じゃないという衝撃な事実をカミングアウトした。
それを聞いて父と顔を見合わせたけど、父も知らなかった様子で
父も兄も姉もパニック状態、自分は呆然としたままだったと思う。
ただ、ビデオレターの中で悲劇のヒロインぶって泣いてる母が凄く気持ち悪いと思えた。
とはいえ、20年も一緒に家族として過ごしてきたわけだし
事実がそうだったとしても、いきなりよそよそしくなる事もなく
とんでもない母親だったんだなということで
ただただ、残された自分達が胸くそ悪くなるだけのビデオレターだった。
で、自分が28になって結婚が決まったときに、ビデオレターを持ってきた母親の友人だった人から
自分が父親だと告げられた瞬間が8年越しでの最大の修羅場だった。
怒りに任せてぶっ飛ばしてしまったけども・・・
嫁いだ娘が倒れた。娘「天井が回ってる…」医師「恐らくメニエールでしょう」仕事、ワンオペ育児、家事のストレスが原因だろうと実家に連れ帰ったら…。婿「」私「!?」
861 :ちわわ 2019/08/28(水) 13:56:32 ID:Sz.ij.L4
先日、娘が倒れたと聞いて、我が家に保護してきました。
「天井が回ってる」など目眩がひどく、耳鳴りもするらしく、医者から聞くに恐らくメニエールだろうとのこと。
仕事に加えてワンオペ育児に家事全般と、ストレスフルな家庭環境が原因だろうからと、我が家に迎え入れました。
すると、婿から「嫁(娘)を連れて行くなら息子(孫)もお願いします」との連絡があり、顎が外れるかと思いました。
「自分1人では家事育児は荷が重い」そうです。
娘の心配より先に自分の当面の生活か、と呆れ果てました。
娘がいない間の家事育児すら、この男はやろうとはしないのだ、と。
夜勤の時くらいはフォローしようと考えていましたが、婿の甘ったれた台詞で考え直しました。
娘の体調を優先したいので預かれないが、そちらに人手を派遣するので…と申し出たところ、「義母さんが来てくれるんですか?それなら、まあ…」と渋々了承されました。
なので、夫を向こうにやりました。
エプロン片手にノリノリで現れた夫に、あちらは驚愕したことでしょう。
手伝いに行ったくせに夫はデンと座って婿をこき使ったそうです。
アレがなってない、コレがなってないと散々指摘して、さぞかし婿はウンザリしたでしょうね。
まあ、いつも彼が娘にやっていたことですが。
また、婿と違って夫はちゃんと孫の送り迎えをしましたし、婿が家事をしている間、孫に遊んでもらって楽しんでいたようですね。
一旦切ります
「天井が回ってる」など目眩がひどく、耳鳴りもするらしく、医者から聞くに恐らくメニエールだろうとのこと。
仕事に加えてワンオペ育児に家事全般と、ストレスフルな家庭環境が原因だろうからと、我が家に迎え入れました。
すると、婿から「嫁(娘)を連れて行くなら息子(孫)もお願いします」との連絡があり、顎が外れるかと思いました。
「自分1人では家事育児は荷が重い」そうです。
娘の心配より先に自分の当面の生活か、と呆れ果てました。
娘がいない間の家事育児すら、この男はやろうとはしないのだ、と。
夜勤の時くらいはフォローしようと考えていましたが、婿の甘ったれた台詞で考え直しました。
娘の体調を優先したいので預かれないが、そちらに人手を派遣するので…と申し出たところ、「義母さんが来てくれるんですか?それなら、まあ…」と渋々了承されました。
なので、夫を向こうにやりました。
エプロン片手にノリノリで現れた夫に、あちらは驚愕したことでしょう。
手伝いに行ったくせに夫はデンと座って婿をこき使ったそうです。
アレがなってない、コレがなってないと散々指摘して、さぞかし婿はウンザリしたでしょうね。
まあ、いつも彼が娘にやっていたことですが。
また、婿と違って夫はちゃんと孫の送り迎えをしましたし、婿が家事をしている間、孫に遊んでもらって楽しんでいたようですね。
一旦切ります
【イライラ】隣の家の父親が外で子供の靴洗っててすごく偉いなって思ったのと同時にうちの旦那の態度を思い出し怒りが沸いてしまった。最初はいい旦那だったのに今じゃモラハラ。
父はパーキンソン症候群。今のうちに人生楽しませたいと多少のワガママは聞いてきたが、自分勝手な行動を取ったり、急に怒鳴り散らしたり、他人に迷惑かけるのに嫌気が差して…
387 :ちわわ 2014/03/12(水) 08:25:04 O.net
パーキンソン症候群つーの、父親に対する嫌悪感がハンパない
色んな難病持ってるから今のうちに人生楽しませたいと多少のわがままは聞くべきたと思ってたけど
翌日介助が無いと起き上がれなくなるの分かってて酒のみに出かけまくる
勿論送迎は家族。しかも家族の予定なんか丸無視。
こっちの予定なんか聞かずに勝手に出かける予定作って事後報告。タヒね!
訳分からん事で家族を責める。疑う。自分のミスを隠す。急に怒鳴り散らす。他人に迷惑かける。
飯の食い方も汚い。ズルズルクチャクチャ音立てる。
早くタヒんでくれ一刻も早く
こんな事言ってる自分が最悪だと分かってる、分かってるが祖父の介護した時すら
こんな事思わなかったぞマジで
色んな難病持ってるから今のうちに人生楽しませたいと多少のわがままは聞くべきたと思ってたけど
翌日介助が無いと起き上がれなくなるの分かってて酒のみに出かけまくる
勿論送迎は家族。しかも家族の予定なんか丸無視。
こっちの予定なんか聞かずに勝手に出かける予定作って事後報告。タヒね!
訳分からん事で家族を責める。疑う。自分のミスを隠す。急に怒鳴り散らす。他人に迷惑かける。
飯の食い方も汚い。ズルズルクチャクチャ音立てる。
早くタヒんでくれ一刻も早く
こんな事言ってる自分が最悪だと分かってる、分かってるが祖父の介護した時すら
こんな事思わなかったぞマジで
報告者「私が小さい頃の修羅場が原因で、母は私に冷たかった。思い出して謝ったのに、許してくれないままタヒんだ母に憎しみが消えない」→報告者が語った一家の修羅場が壮絶すぎる。
228 :ちわわ 2019/03/25(月) 17:37:10 ID:ShL
母が亡くなった。涙なんか一粒も出なかった。
最後の最後まで腹を割って話せなかった。亡くなった今もやっぱり母に対する憎しみが残ってる。
リアルじゃ言えないので吐き出させてください。
小学校の高学年ぐらいの頃から、時々フラッシュバックのように思い出す映像があった。
2階建てのコーポに住んでて、玄関を入るとすぐ左側にお風呂とトイレがあって
右側に台所、奥に和室が2つ、・・・ってところまで映像として覚えてて
コーポの真ん前にある雑草だらけの空き地で近所の子供たちと缶蹴りして遊んでる。
でもアルバムにはその頃らしい写真が一枚もない。
母に聞いても戸建にしか住んだことは無いって言うし、父に聞いても「前世の記憶か?」って茶化される。
なんだろうってずっと思いながら、中学卒業間近のある日。
ひとりで田んぼのあぜ道を下校してる時に、不意に思い出した。
そのコーポに母ではない女の人が住んでた。一緒にお風呂に入ったし、手作りのお菓子を食べた。
そしてそこには父もいた。
その瞬間、思い出してしまった。
私、小学校に上がる前に父と、母じゃない女の人と、私と、3人で住んでた時期があった。
そして叫ぶように泣きながら玄関を塞ぐ女の人を父が殴るように振り払って、
父は私の腕を掴んで引っ張って玄関から出た。
腕が痛くて痛くて泣きながら離して!って叫んでる自分。
あの女の人はたぶん父の愛人。そしてあの記憶は多分ふたりが別れた時のものだ。
まるでパズルが一瞬でピシッ!と完成したような感覚で思い出した。
最後の最後まで腹を割って話せなかった。亡くなった今もやっぱり母に対する憎しみが残ってる。
リアルじゃ言えないので吐き出させてください。
小学校の高学年ぐらいの頃から、時々フラッシュバックのように思い出す映像があった。
2階建てのコーポに住んでて、玄関を入るとすぐ左側にお風呂とトイレがあって
右側に台所、奥に和室が2つ、・・・ってところまで映像として覚えてて
コーポの真ん前にある雑草だらけの空き地で近所の子供たちと缶蹴りして遊んでる。
でもアルバムにはその頃らしい写真が一枚もない。
母に聞いても戸建にしか住んだことは無いって言うし、父に聞いても「前世の記憶か?」って茶化される。
なんだろうってずっと思いながら、中学卒業間近のある日。
ひとりで田んぼのあぜ道を下校してる時に、不意に思い出した。
そのコーポに母ではない女の人が住んでた。一緒にお風呂に入ったし、手作りのお菓子を食べた。
そしてそこには父もいた。
その瞬間、思い出してしまった。
私、小学校に上がる前に父と、母じゃない女の人と、私と、3人で住んでた時期があった。
そして叫ぶように泣きながら玄関を塞ぐ女の人を父が殴るように振り払って、
父は私の腕を掴んで引っ張って玄関から出た。
腕が痛くて痛くて泣きながら離して!って叫んでる自分。
あの女の人はたぶん父の愛人。そしてあの記憶は多分ふたりが別れた時のものだ。
まるでパズルが一瞬でピシッ!と完成したような感覚で思い出した。
