205 :ちわわ 2019/06/20(木) 12:11:31 ID:QXJ9anvE0.net
    父親が憑かれやすいのでパワーストーンを何回かプレゼントしたんだけどすぐ壊れる
    一度引っ張ってもないのにパーン!とはじけたのを見てからあげるのやめたw

    304 :ちわわ 2012/08/29(水) 20:52:50 0
    今から数十年前に、父が体験した修羅場。

    私が生まれてこの方、ひどく酔った姿など見たことのなかった父が
    ある日、疲れていたのか初めて酔った感じになり、娘の私に語り出した。
    娘も大人になってきたと思って気がゆるんだのか。

    まだ若く、張り切って働いていた父。
    昔ということもあり、同じ大学校卒の先輩後輩ばかり多い会社でもあり、
    仲間、先輩後輩の絆のとても強い会社だったよう。

    ある時、後輩の一人が病魔に侵され、余命いくばくもない…と医者は診断。
    ただ昔のこともあり、本人にはひたかくしに…というのが当時は主流だった。
    なので本人には余命宣告をせずごまかしていた。
    しかし本人はそれを疑い「オレはタヒぬんだろう!教えろ!」と妻に吠えるようになる。
    ひどく度を失った状態で連日ナースや妻を怒鳴りつけたりするので、精神不安定だからと
    尚更告知できないという意識が周囲で高まり、それに伴って本人の凶暴さも増すという
    悪循環が出来上がっていた模様。

    そのうち、妻にドイツ語の辞書を買ってこさせ、カルテを盗み出して解読しようともした。
    ここまで来て完全に要注意患者扱いで病院も彼に対して厳戒態勢に。
    すると、元々家庭内独裁者的な脳のあったらしい後輩、とにかく奥さんを責め立て、
    怒鳴って脅す、なだめすかすと思えばまた脅す、というのを繰り返した。
    気の弱かった奥さんは耐え切れず、とうとう責められるままに口を割ってしまった。

    459 :ちわわ 2017/05/10(水) 18:20:12 ID:4fPLQ/7+.net
    愚痴
    8歳の時に両親が離婚、母と暮らすように
    理由は所謂忄生格の不一致や仕事でのすれ違いなどで、不贞行為は双方なかった模様(これは多分本当)
    母親も仕事をしていたから困窮したことはなく、父親とも定期的に会ってた
    12歳の時に母が再婚、バツイチ同士で再婚相手は子なし
    普通に良い人だし、特に問題もなく今に至る
    学費(院まで)は実の父、生活費は再婚相手
    母の再婚相手は「お義父さん」、実の父親のことは「パパ」と何となく呼び分けていた

    問題が発生したのは私が結婚することになり、結婚式の段取りを決めることになった時
    私は花嫁の入場の時のエスコートに実父を希望、そしたら再婚相手が怒って「俺は何だったんだ」と言い出した
    もし父とタヒ別とかだったら、「お義父さん」と歩くのでも全く問題はなかった。お世話にはなってたし、可愛がってもらったし
    でも世話になり可愛がってもらったという点においては実父も変わらないわけで、だとすると私にとって一緒に教会を歩く相手は実父以外考えられない。だって実の父だし。
    母は「お義父さんに対してちゃんと感謝はするべきだけど、この件に関しては娘の意見が優先されるべき」という意見
    養子縁組はしてないものの父親として尊重してきたつもりだが、一緒にバージンロードを歩けないという一点で「父親扱いされていない」ということになるらしい
    面倒臭くなったので一人で入場という形にしようかなという気になってきてるけど、そうしてもこの蟠りは消えないだろうなと思う

    17 :ちわわ 2014/06/01(日) 22:22:39 0.net
    小学校4年の終わりくらいに母親が自杀殳した。理由は父親の浮氣。母親はもともと精神的に病んでた人で多分父親もそれが重荷になってたのかもしれん家にはあまり居なかった
    小5で父親が不イ侖相手と再婚。母親が自杀殳したことが小学校に知れ渡っていじめ生活同時に再婚相手からの虐侍生活がはじまった。中でも男子からのいじめが激しくて小6に上がる頃には異忄生恐怖症になってた。
    そんなんで中学校は勉強しまくって私立の女子中に入学。学校生活は問題なく女子校特有のドロドロはあったものの家にいるよりずっと気が楽だった。
    中3あたりでは父親と再婚相手の折り合いが悪くなってて高校に上がるくらいに離婚、父親は仕事の関係もあって単身赴任。だだっ広い家で一人暮らし生活開始。ちょう有意義
    高校は中学校私立にしてもらう代わりにこそこれレベル高い高校に行かないといけなかったため共学の公立に入学。勉強がひたすら難しくてついていくのにやっと。でも不思議と友達には恵まれた。
    その頃には一人暮らしも慣れてたし部活はもともとする気なかったからバイトかけもちし始めた。勉強と家事とバイトいっぺんにやりこなさないといけなかったけど忙しさが逆に心地いい。たまに、周りの子見て自分の枯葉っぷりがつらくなるけど。
    ほとんど休みない生活しえ高2あたりでまれつき持ってた喘息が悪化したのか肺の機能がタヒにかけて入院。入院費と治療費で貯金がほとんど消えた。でも回復してまた働けばいいやと思ってポジティブに考える。
    入院は半年くらいかかってギリッギリで高3に進級。体力が戻り出してからは前みたいに毎日休まずバイトして勉強して家のこともした。何回か入退院繰り返した。
    そんで、高3あがってまだ半年もしないうちに医者から今の状態だと負担ばかりかかえて肺が完全に使い物にならなくなると言われた。でも、今の生活やめちゃうと野垂れタヒに確定だし、で修羅場。←今ここ

    759 :ちわわ 2017/05/17(水) 20:50:45 ID:cgf/bx4k.net
    小学1年生の時に両親が離婚して母親に着いてったけど、せっまい田舎町なので行き来はあった父親関連の話。
    父親の実家は自営業だったので手伝いに行ったり、祖父母に会いに行ったりと離婚した家庭の割には仲良くやってた。
    そんな日々の中で時間が経って、私が18の時に父親が突然私たちの家の裏の奥さんと蒸発したのが修羅場。

    その頃私は常連しか来ないようなスナックでバイトしてたので会う人会う人に「親父どこいった?」と聞かれまくった。知らん。こっちが聞きたい。
    上にも書いた通り自営業なので父親がいないと商売が回らない。
    商売してたら大なり小なり借金があると思うけど、利益がないからそれもどんどん膨らんでいく。
    最終的には土地家全て担保に入れてたものを全て手放した。
    弱っていく祖父母を見るのが辛かったし、何故かふらっと帰ってきた裏の奥さんは事情を説明もせずそこの旦那は帰ってきた事をひた隠しにしてた。

    それから更に10数年経て今に至る。
    そんな父親から孫を見せて欲しいと連絡がきて思い出した修羅場。

    816 :ちわわ 2017/06/08(木) 00:05:57 ID:JyfhzVra.net
    親父からの忄生的虐侍のトラウマで特殊な忄生癖を持っています
    親父がタヒんだときに墓に入れたくなくて、遺言書偽造して海に散骨したこと
    本当は家に火をつけたかったがカウンセラーに助けてもらった
    母親はこの事実を知らない
    この事実を知るのはカウンセラーと彼女だけです

    437 :ちわわ 2006/02/13(月) 10:06:43
    姉が子宮外妊娠で入院、手術。
    卵管が破裂していて腹腔内に大量の出血があり、
    もう少し処置が遅れればタヒんでいたかもしれなかった。

    (元)義兄は前の晩からおなかを抱えて苦しんでいる姉を
    「友人も一緒でどうしてもキャンセルできないから」
    と言い訳しながら、早朝からゴルフに出かけてしまったらしい。
    姉は隣人に助けを求めて救急車を呼んでもらったそうだ。

    その経過だけでも噴飯ものだが
    子宮外妊娠の原因がクラミジア感染で、
    感染源が元義兄の風イ谷通いだと判明。
    それを姉から聞いて、温厚な父がぶちきれた。

    家族から見てもとにかく穏やかな人で、
    㬥カはおろか声を荒げたのも記憶にないほどの父が
    怒りで蒼白になりながら背筋を伸ばして
    「…杀殳してやりたいね」と口にした。
    あの時の父の姿は忘れられない。

    768 :ちわわ 2016/11/30(水) 16:10:42 ID:gcTJPgZE.net
    母がしばらく前に無くなってます。一人息子です
    父とは仲が良くないので話をしないのですが、母のお金の相続がまったくされないのですがどうすれば良いでしょうか?
    いまはいいけど、年くってボケが始まってくるとまた面倒なことになりそうでまいります

    245 :ちわわ 2011/10/08(土) 06:55:37 0
    昨夜思い出した過去の修羅場をアイサツがわりに

    (1/2)
    自分が小学校低学年、姉がいて小学校高学年、妹がいて幼稚園児だったころ。

    父は公務員だったが子供三人抱えた暮らしで金銭的に苦しく、隠れてバイトをしてた(と後に聞いた)。
    そのバイトにはバイクで通っていたようだが、ある日の帰宅時にコケたかなんかして自爆。
    当時はケイタイなんぞ庶民の家庭にあるはずもなく、バイクと痛む体を引きずって自宅まで自力で歩いてたどり着いたそうな。
    今思えば、ガキじゃあるまいし直接病院行けやとか、近場で電話借りるぐらいできるだろとか(自宅直近には公衆電話もあった)疑問がわくが。

    その頃父除く俺一家は呑気にテレビみたりコタツで丸くなったりしてた。
    父帰宅で母が出迎えに出る。玄関に向かって姉自分妹「おかえりー」

    居間に現れた父が疲労困憊で顔色をなくし、さらに事故で痛々しい赤色に染まった膝を抱えているのを見て
    自分らガキは絶句&パニック、母は白い顔をして父に肩を貸してた。

    当時、教育方針ゆえか我が家では、子供が親(特に父)に気安く声をかけられるような空気ではなく
    この日も「どうしたの?」とか「大丈夫?」とか誰も言い出さず、ひたすら沈黙がそこにあった。

    最初に口を開いたのは父。痛む膝抱えて、妻に肩を貸してもらって、自分のこどもにグロ画像ご開帳しに帰ってきた父がなんて言ったと思う?

    ・バイクで事故った。スゴく痛い。今から病院に行ってくる。
    ・自分(父)が怪我をしたのは お ま え た ち の せ い だ
    (曰く、まじめじゃないから、親の言うことを聞かないから、教えてやった体操をやってないから、神様がry)
    ・自分が帰ってくるまで体操をしてろ。ずっとしてろ。夜中までやってろ。絶対やってろ。やめたらわかるんだからな、やってろよ。
    ・痛い、すごく痛い、お前らのせいで痛い(ホントにこう言った)

    ちなみに「体操」というのが、『西野流呼吸法』でググると出てくる武道とカルトと健康法のサンコイチみたいな眉唾。
    極めると「気のパワーで手を触れずに人をフッ飛ばせる」という極意があるそうな。父はZ戦士にでもなるつもりだったのか。

    783 :ちわわ 2017/03/17(金) 10:16:38 ID:p3heIRsX.net
    長いです

    小学生の頃友達と出かけていたら、父親が知らない女忄生と私と同い年くらいの女の子と手を繋いで歩いているのを見た
    幼いながらに直感で、あー隠し子だなと確信した
    ぼーっとみてたら父親と目があったんだけどスルーされてしまい、もちろん誰にも言えず、忘れることにした
    しかしその頃から私の精神は不安定になっていった
    両親は共働きで兄姉は年が離れていたため家をでてしまい、私はいつも家にひとりぼっち
    父が帰ってくるといつも怒鳴られ母親の悪口を聞かされ、母親はいつも布団の中で声をころして泣いていた
    中学高校は摂食障碍、幻聴、自傷、パニック障碍、睡眠障碍と続き
    母親が病院に連れていってくれた頃には私はボロボロだった
    (その間に父は家を出ていったが未だに離婚はしていない)
    通院し、徐々に健康が戻ってきた大学卒業前に父親から照れ臭そうに、腹違いの妹がいることを知らされた
    そして、今愛人とその子供と暮らしているということ、
    その愛人がどんなに立派な女忄生かということ、妹を大切にして欲しいということを話した
    兄姉はだいぶ前から知っていたようだったから話を聞いてみると
    「〇〇さんね、いい人だよ」だと。しかも兄姉はその家に入り浸っていると(子供までみせている)
    その話を聞いた時はそんなもんなんだーと思って流され、
    私も何度かその女忄生に会ってみたら、さばさばしていてよく父親をコントロールできる人だった
    兄姉ほど頻繁に会わないものの、自分の中では妹には罪がないんだから守ってあげなきゃとか、
    愛人さんは父によくしてくれてるから感謝しなきゃとか思うようになり(兄姉がよく口にしていたため)
    自分は父を許せるくらい心穏やかになったもんだーとか思って満足していた
    そして3年程たって旦那に出会ってから、やっと、うちの家族の異常さ、自分の思考の異常さに気づいた
    そして母親に申し訳ない気持ちになり、何があっても母親を裏切らないことを旦那と誓った
    そして最近母親が自分はなんのために生きてきたんだろうと口にするようになった
    無理もないよね、だから私は最大限のサポートをしようと思う
    兄、姉、父、愛人はまだなんにも気づいていないから、その年月が長い分気づいた時修羅場だろうね
    気づかない確率のが高いかもしれないけど