279 :ちわわ 2016/01/13(水) 01:05:40 ID:0/eVr5U60.net
    うちの母に酷いことした人間はもれなく不幸になってるよ
    長文ごめんね

    1.イジメしてきた同僚二名だけがリストラ
    2.我家を見下し続けてきた近所の家→火事全焼しかも周囲御近所宅にも飛び火で肩身狭
    3.あることないこと悪口言いふらした知人達→30代と50代の若さで癌でタヒ去

    母本人は特にその人達を恨んではいなかった
    嫌な思いをしてる、と私に告げたことはあったけど
    どのパターンも全て共通しているのは、母がその人達から離れて一年以内にはそれらの出来事が必ず起こっていること
    亡くなった祖母(私の曾祖母)が生前かなり徳を積んだ人らしく、母を相当大事に可愛いがっていたそう
    天国からいつも母を見守っているのかな?私にはサッパリないのだけれど

    112 :ちわわ 2019/02/04(月) 18:17:37 ID:39y4AtUU.net
    持久走大会の練習で校外を走っていたときのこと
    私の家に大好きだった父方叔母さんの車が停まっていた
    本当はダメだけど喉も乾いていたので顔を見たさに家に入った
    これが間違いだった
    玄関を開けると廊下に重なりあってる男女がいた
    悲鳴を上げると素っネ果の親父が部屋から顔を出した
    奥の方からは叔母さんの困惑した声が聞こえてきた
    廊下で重なってたのはお袋と叔父さん(叔母さんの旦那)だった
    私はその場からなんとか逃げ出した

    放課後になっても帰る気にはなれず母方祖父母のもとへ逃げ込んだ
    祖父は何があったのか私に尋ねてきたが理由は言えなかった
    やもめの伯父さん一家が祖父母と敷地内別居していて
    従姉が私を気遣ってくれていっしょに寝てくれた
    私は安心してしまい、従姉に見たものをすべて話した
    翌日祖父母宅へ下校すると私の妹が従弟と遊んでいた
    その場には本来場違いな父方叔母の一人息子の従弟も混ざっていた
    従姉→母方祖父→父方祖父母へと連絡したようだ
    おそらくその時父方祖父母宅では説教が行われていたのだろう
    私より年齢が下の者共は事態を把握していないようだったが
    祖母に口止めをされたので私は黙っていることにした

    486 :ちわわ 2010/04/01(木) 18:58:19 ID:kmyTBZaZ
    神経わからんに書こうか迷ったけど、とりあえずこっちに書かしてくれ。
    ついさっきの出来事。
    家族で居間でまったりしてたら、突然『ドガーン!!!!』と地響きと共に
    凄い音がした。あまりの音と衝撃に雷が近くで落ちたのかと思ったけど、
    外はそこまで天気がくずれてたわけじゃないし、家の真裏の電車は止まっている
    ふうもない。もしや我が家に落ちたんじゃ?(そのぐらいの衝撃だった)って
    ことになったけど、テレビや電気が消えるとかそんな事はない。
    で、とりあえずもしかしたら体格がいい祖父が2階で倒れたかもしれないってことで、
    念のために母が様子を見に2階へ。

    そしたらしばらくして唖然とした母が戻ってきた。
    どうしたのかと聞いたら、「なんか上のコンロがメチャメチャなんだけど・・・」
    何のことかわからず上に様子をみにいったら、見事コンロがメチャメチャ・・・。
    どう説明したらいいかわからないけど、我が家の2階のコンロは台所の台に埋め込まれてる
    感じの、こんな
    感じのコンロ。写真のやつよりもっと立派で、四ヶ所火にかけるとこがあるんだけど
    もう見る影もない・・・。手前にあるステンレスの部分も見事にひん曲がり、スイッチの部分
    もベコベコ。そして周りを見れば水でびしょぬれ。天井までびっしょり。
    なんだと思って祖父に聞いたら、コンロで湯たんぽを火にかけて暖めてたそうだ・・・。
    しかもどうやら蓋をしたまま。その時祖父は分からないといったけど、後からふっとんだ
    湯たんぽの蓋を見てみたらやっぱり蓋したまま。
    蓋をしたまま湯たんぽを火にかけて爆発したことが発覚・・・。

    608 :ちわわ 2018/07/21(土) 01:52:22 ID:oHY7vyyS.net
    昔パソコン関係のコールセンターで働いてたことあるけど
    自分の事なのに自分の妻や母や彼女に電話させる男が大多数いた事に衝撃
    ちなみに母に電話させるやつ、未成年の子供でなく、声的に結構いい年した大人

    「旦那(息子・彼)よりも私の方が詳しいので、私がやります」と言うのなら全然わかるんだけど
    こちらが奥さんやお母さんに何か伝えても
    「うーーん、私詳しくないからわかんない」
    「これ旦那(息子・彼)のだから…私本人じゃないし、普段全然使わないからわかんない」
    と言い、後ろで男性.らしき人の声で「だからこれはこうなんだって!!」「わかんないじゃなくて、オペレーターの話ちゃんと聞けよ!」とか喚き声が聞こえてくることも
    「後ろからお声聞こえますが、旦那(ご子息・彼氏)様ですか?よろしければ私からご本人様にお話しましょうか?」と言うと
    「でも、本人話したがらないから…」
    すごく簡単な作業で解決するのに、こちらの言う事が全く伝わらなくて、3、40分くらいうだうだやった後
    しびれを切らした本人が電話に変わったら、ほんの数分で解決した事とかあった


    何百回の内の1人2人くらいの割合ではなく
    こんな感じのが、結構な数いて衝撃だった
    連続して4組当たった時は日本の未来が心配になった

    俺が機械に詳しくない女だったとして、旦那や彼氏に
    「俺電話したくないからお前が電話しろ」って言われたらブチギレるけどなw

    232 :ちわわ 2017/11/27(月) 15:26:05 0.net
    母と兄の嫁が仲悪い
    この前も、兄と兄子供2人と弟と母だけ回転寿司食べに行っちゃったんだけど
    ※私は部活で少し遅く帰ったし、父は親戚のトコへ用事があったので不在だった
    家帰ったら嫁さんだけがポツンと居間に座ってテレビ見てた
    また母の嫁いびりだな~~って思ってたら、父帰宅
    「あいつら回転寿司食いに行ったんか~」って、対抗して特上寿司食べに連れてってもらった(すごく久しぶりに会った親戚のおじさんも一緒に)
    父は何も考えてないだろうけど、私もなんかスカッとしたw寿司うまかったw

    558 :ちわわ 2015/03/02(月) 11:15:50 ID:3BM
    身勝手なのは承知だけど、齢34にして母に会いたくなっている。

    うちは家長絶対の家だった。兼業農家で、父も母も公務員。
    農業は主に祖父母がやって、育児も祖父母。
    母は家事+仕事。父は仕事から帰ったら何もしない。趣味パチ〇コ。
    母は食事も一人だけ別のもの食べてて
    刺身とか寿司も母のぶんはないのが当たり前だった。
    理由は「主婦だから」。
    祖父母も父もそう言うからそれが当然なんだと思っていた。

    中学生になって同級生の母親を見て、きれいにしているので衝撃だった。
    うちの母の毛玉だらけの服や、布で作った変なカバンがいやで
    一緒に歩かないようになった。
    母の給料は振込じゃなかったのかどうか知らないが、
    母が使えないか、使わない金扱いだった。
    金がないからきれいにできるわけもないのだが当時はそんなこと考えてみもしなかった。

    529 :ちわわ 2020/01/08(水) 18:56:41
    母親が65歳にして離婚したい、実家を出たら私の元に置いて欲しいと言いだした

    実家は飛行機の距離で私は夫と息子と3人暮らし
    いつかもう一人増える用に4LDKの中古マンションを購入した

    古く小さいマンションに母の居場所を作るのは大変だし、何よりまず借金をどうするつもりだと
    父が50歳前にしてリストラされてから家計が狂い借金を抱えたというが、
    私からみたら母だって相当なザルで、二人とも家計管理出来ないから招いた自体だと思っている
    おまけに母は週3通院必要な病気持ち

    何度も何度も離婚を勧めてきたのに、突っぱねられてきた
    「私が見放したらお父さんがかわいそう」
    とか言って
    だったら最後まで責任とって面倒みろやと

    年金は母が15万、父が10万くらい(父も病気持ちで雇ってくれる所がない)
    そこから細々でも借金返していくと言ってたのに、少し夫婦喧嘩したからと言って何の計画もなくそんな事を言い出すのが本当に腹立つ

    母は私の夫が穏やかで強く言えないタイプなのも見越している
    こないだまでは長男が一緒に住もうと言ってくれたと喜んでいたのに、お金の無心を繰り返し嫌われたようだ
    私だって何度も喧嘩しながら資金の援助を繰り返しており、相当キツく言っているのになおらない

    せめて家計簿つけるとかタバコやめるとか迷惑かけない努力をしているならばまだ手を貸したくもなる、
    が、
    やりたい放題やってきて何の老後の対策もなくどうしようもなくなってから頼ってこられても困る
    勘弁してくれ

    901 :ちわわ 2012/08/30(木) 09:55:32 0
    兄嫁の母親が倒れたので、兄夫婦が実家の家族会議に出席した際、
    兄が「嫁が介護に通うことも認められないし、金銭的援助出来ない」と宣言してきたらしい。
    どうしても看たいなら、離婚届に判を押してから、とも。
    相当責められたらしいけど
    「自分はされた事をしただけ」「そういう覚悟は嫁にも義母にもあったはず」
    で押し切ったって。

    私の母が寝たきりになった時に、兄嫁が吐いたセリフと同じことを言っただけ。
    人の生きタヒにに便乗した復讐も褒められたもんじゃないけど
    兄嫁も兄嫁母も人として尊敬できないので、兄GJ!

    71 :ちわわ 2015/01/18(日) 10:00:24 ID:V9V
    コトメと一緒に嫁いびりしてくるトメ
    でもコトメが嫁ぎ、トメも大病患ったりして弱り、いびられることも少なくなった
    とは言え、焼かれた昔のアルバムや盗まれて他人にあげられた祖母や母の形見など、取り戻せないものが返ってくるわけでもない
    そしてウトが逝き、消沈したトメは床に伏せるようになり、痴呆の症状も出てきた
    旦那は単身赴任の上忙しく、コトメは隣県で自然と介護は私がやることに
    伏せてから一年程でトメは亡くなった
    通夜でコトメは泣きながら私を責めた
    こんなに早くタヒぬなんておかしい、お前が毒でも盛ったんだろう!とか
    旦那や親族の一人が、私は仕事も休職してちゃんと介護していた、自分は何の手伝いもしなかったのにそれはないだろう、とたしなめた
    そもそも最期は病院で迎えたから、不審タヒというわけでもない
    他の親族は、コトメちゃんもお母さん亡くして気が立ってるのよ、とかばっていたが、
    私は泣き崩れ、一生懸命に介護したこと、頑張って長生きして欲しかったことを訴えた
    嫁いびりをしていたコトメや、それを知っていた旦那以外は、私に同情し、中にはコトメに、実の母親なんだからアンタもちゃんと看てあげるべきだったと厳しく言う人もいた
    居づらくなったのかコトメはコトメ旦那を置いて出て行った

    実際、トメがたった1年でタヒぬなんて思ってもみなかった
    おかげで言いたいことも全部は言えず、やりたいことも半分くらいしか出来なかった
    それでもトメがコトメに遺しておこうとした着物や宝石(高かったらしいが古臭いもの)はほとんど始末出来た
    子供時代のコトメを写した写真もトメの目の前で燃やした
    トメが、コトメちゃんに会いたいと言えば、呼んだフリして、来ませんねえ、もうお義母さまのことはどうでもいいのかしらねえ、と語りかけた
    ごめんなさいと謝られれば、じゃあ母の形見返してください、返してくれたら許してあげますよと言った
    食事はちゃんと栄養第一で作ったが、味は泥水の方がマシじゃないかってくらいまで不味くするのに苦労した
    毎日こんな風にするだけで人は衰弱してタヒぬんだね、脆い
    毒、か
    言葉も毒と言えるなら、コトメのセリフも間違ってはいない

    401 :ちわわ 2016/03/11(金) 14:00:40 ID:fgYVkHee.net
    両親に育てられたが、本当の父も母もわからなかった。
    詳しいことはわからないままだし、割愛してる部分もあるので、ネタだと思って読んでいただいても。

    物心ついた時から母が本当の母じゃないのは知ってた。
    赤ん坊の時から育ててくれて、私がいつか傷つかないようにと、小さい時から本当のことをうまく説明してくれてた。
    私を生んだ女性.のことは母もあまり聞いてないようだったし、私も興味がなかった。
    そして母は溺愛というには有り余るほど私を愛してくれて、おかげさまで私は卑屈になったことはなかった。
    父は田舎の長男ということで周りから「次は男の子を」と熱望されてたけど、父と母の間に子供はできなかった。
    何年待ってもできないもんだから、気の強い祖母や親戚たちが、よく母に
    「子ができないからわざわざ子のいる男を狙った」と
    父のいないところでイヤミを言ってた。
    そして両親は不妊治療を思いついた。
    父には既に私という子供がいるので不妊の原因は母らしいけど、初診は夫婦そろってという事で、二人で検査に行った。
    父が仕事の都合で結果を聞かず帰ってしまい、母だけが結果を聞いて帰ってきて、「やはり私が原因です」と言った。
    周りから責められたけど、父母は別れなかった。
    父は自分と子供に尽くしてくれる母と別れる気なんかなかったし、母は「私ちゃんと離れるなんてできない!」と言ってくれた。
    何より私が母にベッタリだった。

    しかしその後父がタヒんで母は私を連れて家を出た。
    女の子とはいえ家の跡取りは私しかいないのに、母と親戚が話し合った後、すんなり家を出ることができた。
    私は親戚に挨拶もせず、手早く家から連れ出された。
    遠くの地で母との生活が始まった。
    母は相変わらず優しかった。
    父が残してくれたお金もあったので、母の収入でなんとか母子2人生きていけた。

    このページのトップヘ