感動
ある日、じーちゃんが貰ってきたうちの犬が庭の柵を飛び越えて脱走してしまった。それからすぐ、じーちゃんが病気が悪くなって亡くなった。もう戻ってこないのかなと思っていたら
186 :ちわわ 2015/04/27(月) 16:01:11 ID:???
うちの犬が脱走し、お友達の導きで帰宅した話
中学生の時、私のじーちゃんが白い子犬をどこかから貰ってきた。
じーちゃんはゲートボールが趣味で、その帰りにスクーターに乗っけて突然つれて来た。
うちは皆動物好きなのでスルっと家族の一員になった。
子犬は女の子で、私がもののけ姫が好きだったのでサンちゃんと名づけた。
それからじーちゃんは毎日スクーターで田んぼ道をサンちゃんと散歩した。
じーちゃんは元々肺が良くなくて、あまり歩いたり走ったり出来ないからスクーターでゆーっくり散歩してた。
5年くらい経ったある日、サンちゃんが庭の柵を飛び越えて脱走してしまった。
お散歩ルートや近所中探し回ったけどとうとう見つからなかった。
それからすぐ、じーちゃんが病気が悪くなって亡くなった。
サンちゃん、じーちゃん亡くなるの分かって寂しかったのかなーとか家族で話した。
もう戻ってこないのかな と半ば諦めていた頃のある朝、見知らぬ番号から電話が来た。
出てみると声は70代くらいの上品そうなおばあちゃんで「うちにいる犬がもしかしたらお宅の犬かもしれない」と。
中学生の時、私のじーちゃんが白い子犬をどこかから貰ってきた。
じーちゃんはゲートボールが趣味で、その帰りにスクーターに乗っけて突然つれて来た。
うちは皆動物好きなのでスルっと家族の一員になった。
子犬は女の子で、私がもののけ姫が好きだったのでサンちゃんと名づけた。
それからじーちゃんは毎日スクーターで田んぼ道をサンちゃんと散歩した。
じーちゃんは元々肺が良くなくて、あまり歩いたり走ったり出来ないからスクーターでゆーっくり散歩してた。
5年くらい経ったある日、サンちゃんが庭の柵を飛び越えて脱走してしまった。
お散歩ルートや近所中探し回ったけどとうとう見つからなかった。
それからすぐ、じーちゃんが病気が悪くなって亡くなった。
サンちゃん、じーちゃん亡くなるの分かって寂しかったのかなーとか家族で話した。
もう戻ってこないのかな と半ば諦めていた頃のある朝、見知らぬ番号から電話が来た。
出てみると声は70代くらいの上品そうなおばあちゃんで「うちにいる犬がもしかしたらお宅の犬かもしれない」と。

長女が幼稚園でクレヨンの セットをもらってきた。ところが、見事に全部折っちゃった。俺「お前、なんであんなことしたんだよ?」長女「○○ちゃんとクレヨン」思わず長女を→
42 :ちわわ 2005/11/02(水) 23:26:32
他所でも書いたんだけどこれはうちの娘共の話。
長女(当時4歳)が幼稚園の行事の参加記念品だかで箱に入ったクレヨンの
セットをもらってきた。
ところが、こともあろうにその日の夕方、見事に全部折っちゃった。
当然うちの嫁は激怒、しかられて長女も大泣き。それで、
「お前、なんであんなことしたんだよ?」
と聞いてみたら、
「○○ちゃん(次女、当時2歳)と ヒック
クレヨン半分こするって ヒック
約束したんだもん ヒック」
思わず長女を抱きしめた。
翌日、どこから持ってきたのか透明な容器に半分に折られたクレヨンが
きちんと全色分しまってあるのを見て、ちょっと目の潤いが多くなって
しまいました。
長女(当時4歳)が幼稚園の行事の参加記念品だかで箱に入ったクレヨンの
セットをもらってきた。
ところが、こともあろうにその日の夕方、見事に全部折っちゃった。
当然うちの嫁は激怒、しかられて長女も大泣き。それで、
「お前、なんであんなことしたんだよ?」
と聞いてみたら、
「○○ちゃん(次女、当時2歳)と ヒック
クレヨン半分こするって ヒック
約束したんだもん ヒック」
思わず長女を抱きしめた。
翌日、どこから持ってきたのか透明な容器に半分に折られたクレヨンが
きちんと全色分しまってあるのを見て、ちょっと目の潤いが多くなって
しまいました。

私の眉毛の上には2cmほどの傷があって原因を作ったのが祖父。その祖父が亡くなって私に8桁単位のお金が残されていた。その一年後に祖母から・・・
542 :ちわわ 2014/09/21(日) 14:47:52 ID:???
ちょっと違うタイプの衝撃話。
私の祖父は昔はとても短気な人だったらしい。
私の眉毛の上には2cmほどの傷があって(傷の位置はフェイクです)
その傷の原因を作ったのが祖父だと言う事は聞いていたので
(祖父が暴れて割れたガラスの破片が直撃したとか)
よく暴れたという周囲の話は本当なんだろう。
だけど、私の記憶にある祖父は
たまに激高するときがあったけど
度々ってわけじゃなかったから
“怒ったら怖い人”と言う程度の認識だった。
暴れる姿なんて見たことなかったし、
普段は無口で矍鑠としてて、
私はそんな祖父をカッコイイと思ってたし、
その傷の事も、私自身はそれほど気にしてなかった。
うんと小さい頃の傷だから、黒子と一緒で
それも含めての自分の顔と思ってたし。
だから“おじいちゃん子”というわけじゃないけど
祖父にはそれなりに懐いてた。
その祖父が、私が25歳の時に亡くなったんだが、
遺言で孫娘である私に8桁単位のお金が残されていた。
その件についての相続争いはなかった。
生前から、両親や叔母たちには了解を得ていたらしい。
叔母に「父さんのせいで傷つけちゃったから慰謝料のつもりかしらねw
女の子の顔に付けちゃって気にしてたからw」って笑いながら言われたけど
当の本人である私が気にしてないのになーと不思議な気分だった。(つづく)
私の祖父は昔はとても短気な人だったらしい。
私の眉毛の上には2cmほどの傷があって(傷の位置はフェイクです)
その傷の原因を作ったのが祖父だと言う事は聞いていたので
(祖父が暴れて割れたガラスの破片が直撃したとか)
よく暴れたという周囲の話は本当なんだろう。
だけど、私の記憶にある祖父は
たまに激高するときがあったけど
度々ってわけじゃなかったから
“怒ったら怖い人”と言う程度の認識だった。
暴れる姿なんて見たことなかったし、
普段は無口で矍鑠としてて、
私はそんな祖父をカッコイイと思ってたし、
その傷の事も、私自身はそれほど気にしてなかった。
うんと小さい頃の傷だから、黒子と一緒で
それも含めての自分の顔と思ってたし。
だから“おじいちゃん子”というわけじゃないけど
祖父にはそれなりに懐いてた。
その祖父が、私が25歳の時に亡くなったんだが、
遺言で孫娘である私に8桁単位のお金が残されていた。
その件についての相続争いはなかった。
生前から、両親や叔母たちには了解を得ていたらしい。
叔母に「父さんのせいで傷つけちゃったから慰謝料のつもりかしらねw
女の子の顔に付けちゃって気にしてたからw」って笑いながら言われたけど
当の本人である私が気にしてないのになーと不思議な気分だった。(つづく)

私「結婚したい」養父「そっかー!そっかー!!」結婚が決まり養父「あの…本当のお父さんは呼ばなくていいの?僕のことなら気にしなくていいんだよ?」私は笑ってしまって→
761 :ちわわ 2016/11/20(日) 14:29:50 ID:i5ZrWkOA.net
ながーーーいので分けます。
長文嫌いの方はスルーでお願いします。
来年、結婚が決まった。
昨日、母の再婚相手で私が高校生のころから一緒に暮らしてる養父と二人でコタツで飲んだ。
養父のことは大好き。
母を大事にしてくれるし、いきなりできた女子高生の私を本当に気遣いながら大事にしてくれた。
本当の父親は所謂モラ八ラで、母が泣くまでやり込めるような人で、父親は私が小2の時に女を連れてきて「来月からこいつとここで住むから今月中に出て行け」と言って本当に追い出された。
母方の祖父は障碍があってあまり実家を頼れず、本当に貧乏で育ちました。
お風呂も毎日入れない、制服もおさがりのみ、1つの袋麺を母と二人で分けて食べる夕食も普通、靴下も穴を縫って履き潰した。
高1の時に母が仕事先の社員さんに結婚を前提に付き合ってほしいと言われたので会ってほしいと言われた。その時は母が幸せになれるとかじゃなく、この貧乏から脱出できる!と思った。
それから養父のマンションに二人で引っ越した。
一人部屋を与えられて嬉しくて仕方なかった。
高校2年にして新しい制服、ローファー、初めて携帯も買ってもらった。
バイトもやめて大学にも行きなさいと言ってくれた。
特別お金持ちではないんだろうけど大金持ちになった気分だった。
浮かれた生活が続いたある日、家族みんなで朝寝坊をした。
バタバタとみんなで準備してて、母が養父の仕事行く用意してる時、養父は母に一つ一つ「ありがとう」と言ってた笑っていた。
ネクタイを手渡しては「ありがとう」朝ごはんがわりのおにぎり握ってる母を見ては「ありがとう」と。
その光景を見た時になぜか涙がどばどば出てきた。
なんて優しい人なんだろう。お母さん幸せそうだな。好きな人に尽くしてるお母さんかわいいな。
そう思うと涙が止まらなかった。
養父は突然泣き出した私を見てあたふたして「大丈夫だよ!!急げばまだ間に合うから!一緒に駅まで走ろう!!」と、私が遅刻しそうだから泣いてると感違いしたみたいでしたが、その養父の慌てっぷりがまた嬉しくて涙が出てきました。
長文嫌いの方はスルーでお願いします。
来年、結婚が決まった。
昨日、母の再婚相手で私が高校生のころから一緒に暮らしてる養父と二人でコタツで飲んだ。
養父のことは大好き。
母を大事にしてくれるし、いきなりできた女子高生の私を本当に気遣いながら大事にしてくれた。
本当の父親は所謂モラ八ラで、母が泣くまでやり込めるような人で、父親は私が小2の時に女を連れてきて「来月からこいつとここで住むから今月中に出て行け」と言って本当に追い出された。
母方の祖父は障碍があってあまり実家を頼れず、本当に貧乏で育ちました。
お風呂も毎日入れない、制服もおさがりのみ、1つの袋麺を母と二人で分けて食べる夕食も普通、靴下も穴を縫って履き潰した。
高1の時に母が仕事先の社員さんに結婚を前提に付き合ってほしいと言われたので会ってほしいと言われた。その時は母が幸せになれるとかじゃなく、この貧乏から脱出できる!と思った。
それから養父のマンションに二人で引っ越した。
一人部屋を与えられて嬉しくて仕方なかった。
高校2年にして新しい制服、ローファー、初めて携帯も買ってもらった。
バイトもやめて大学にも行きなさいと言ってくれた。
特別お金持ちではないんだろうけど大金持ちになった気分だった。
浮かれた生活が続いたある日、家族みんなで朝寝坊をした。
バタバタとみんなで準備してて、母が養父の仕事行く用意してる時、養父は母に一つ一つ「ありがとう」と言ってた笑っていた。
ネクタイを手渡しては「ありがとう」朝ごはんがわりのおにぎり握ってる母を見ては「ありがとう」と。
その光景を見た時になぜか涙がどばどば出てきた。
なんて優しい人なんだろう。お母さん幸せそうだな。好きな人に尽くしてるお母さんかわいいな。
そう思うと涙が止まらなかった。
養父は突然泣き出した私を見てあたふたして「大丈夫だよ!!急げばまだ間に合うから!一緒に駅まで走ろう!!」と、私が遅刻しそうだから泣いてると感違いしたみたいでしたが、その養父の慌てっぷりがまた嬉しくて涙が出てきました。

月一ぐらいの頻度で通うステーキ屋で 給仕長「お味はいかがでしょうか?」俺「いつもよりちょっとかたいかも」給仕長が一切れ食べ「そのままもうしばらくお待ちいただけますか?」→
545 :ちわわ 2013/11/10(日) 09:50:09 ID:edeGOxng
最近のホテルの不祥事なんかを見ると思い出すガキの頃の出来事。
当時は景気も良くて、月一ぐらいの頻度で家族で通うステーキ屋があった。
ある日、いつものように食事していると、いつものように給仕長が
挨拶に来て「お味はいかがでしょうか?」と聞いた。
オヤジとかは普通に返してたんだけど、俺はボソッと
「いつもよりちょっとかたいかも」って言っちゃったんだよね。
そしたらいつも笑顔の給仕長の顔からすっと表情が消えて、
「ちょっと失礼します」というと、テーブルの上の俺が食べてる
ステーキを一切れ食べちゃった。
そして、びっくりして固まってる俺ら家族に
「そのままもうしばらくお待ちいただけますか?」と言って
足早に厨房に入っていた。
分けます
当時は景気も良くて、月一ぐらいの頻度で家族で通うステーキ屋があった。
ある日、いつものように食事していると、いつものように給仕長が
挨拶に来て「お味はいかがでしょうか?」と聞いた。
オヤジとかは普通に返してたんだけど、俺はボソッと
「いつもよりちょっとかたいかも」って言っちゃったんだよね。
そしたらいつも笑顔の給仕長の顔からすっと表情が消えて、
「ちょっと失礼します」というと、テーブルの上の俺が食べてる
ステーキを一切れ食べちゃった。
そして、びっくりして固まってる俺ら家族に
「そのままもうしばらくお待ちいただけますか?」と言って
足早に厨房に入っていた。
分けます

自分の卒業した高校は、卒業式の時、卒業生全員が白い手袋をする。その手袋を家に忘れてしまった同級生がいた。入場が始まるのを待ってたらぜーぜー聞こえてきて
544 :ちわわ 2009/10/19(月) 03:49:40
なご思い出話。長文スマソ。
自分の卒業した高校は、卒業式の時、卒業生全員が白い手袋をする。
どうも創立以来、伝統的にそうであるらしい。
で、私の代の時、その手袋を家に忘れてしまった同級生がいたんだ。
全員が手袋してる中で、一人だけ素手では超目立つ。
卒業式で、まさに最後の日だけに、リベンジもきかない。
そいつを目立たせない為に、全員手袋を外そうか?って話も出たけど、
白手袋を楽しみしてた子も結構いたし、忘れた本人も伝統だからそれはやめてくれと言う。
忘れたやつは、式に来ていた自分の両親に手袋を忘れたことを話し、「馬鹿!」と怒られ、
結局「素手でいくよ」とあきらめて、でもかなり凹んでいた。
しばらくして式の時間になったから、卒業生は体育館に向かった。
体育館の外で列になって、入場が始まるのを待ってたら、
そのすぐ横の正門のところに、ジャージ着た知らない男の人が、ぜーぜー言いながら貼り付いてる。
で、門のスキマから白い手袋を振っている。
卒業生たちが気づいて、「あれ誰?」とかザワザワし出したら、
手袋忘れたやつが、ものすごい勢いで門のところに走ってって、手袋を受け取った。
ジャージの人は、手袋を渡したら、そのまま門を背に座り込んでしまった。
卒業生の入場が始まって、手袋忘れたやつは、
そのジャージの人に「サンキュー!」って叫んでた。
ジャージの人は、座ったままこっち向いて、おう!って感じで手を上げてた。
(続きます)
