トメ・ウト

    52 :ちわわ 2017/02/20(月) 10:35:11 ID:cGJVud4y.net
    1人一台車持ち社会の田舎住みです。
    お向かいに越して来た夫婦は都会からの移住者で、旦那さんが車で出勤すると奥さんは車がない。

    越して来た時に「近くのスーパーを教えてほしい」と言われたので私も買い物があるからと車に乗せて行った。
    年齢も近いし子供も同級生だしそこそこ話も弾んだんだけどど帰りに「明日は電気屋を教えてほしい」と言われた。
    スーパーは住宅街の中にあるから口頭で説明するのは面倒だったから連れてったけど、電気屋はバイパス沿いだったから簡単に口で説明して明日はパートだと言ったら「いつおヒマですか?いつなら大丈夫ですか?」って。

    ちょっとめんどくさそうな人だなと思ってあまり関わらないようにしてたんだけど、車を買ってからもちょくちょくうちを訪ねて来て頼みごとをしたり
    自治会や学校に聞けよと思う事を私に調べさせようとしたり、ついには「下の子を病院に連れて行くので上の子を見ててほしい」と連れて来た。

    子供はリュックにオヤツや飲み物、ゲーム機まで持って準備万端。
    普通、先にお願いの電話してオッケーなら連れてくるだろ…。しかも上の子、ほんとにワガママでうちの息子も同級生だけど、あまり関わりたくないみたいで個人的に遊ぶことはない。

    たまたま旦那のお父さんが遊びに来てて「いいですよ。困った時はお互い様」なんて言うからって置いて行かれてしまった。

    余計なことを…。と怒りに震えたけど、義父は元高校教師でめちゃくちゃしつけにうるさい。
    その子がやることなすこと「ゲームしながらオヤツを食べるな」「頂きますを言いなさい」「座り方が悪い。そんなんじゃ姿勢が悪くなる」
    「テーブルに肘をつくな、膝を立てるな」「よその家に行ったら勝手に台所に入るんじゃない」など注意しまくるから「もう帰りたい…」って涙目になってたw

    それ以来、託児はなくなったし「今、義父が来てるので」と言うと「あ、分かった」って電話切ってくれるから助かってるw

    57 :ちわわ 2017/09/20(水) 22:23:32 ID:MYI

    優しい虐待を繰り返すクソトメがSOSしてきたので、乱文かつ長文ですが書き込みに来ました。
    流れを切ってしまったらごめんなさい。

    旦那と婚約した当初からトメとコトメからはテンプレ通りのイビリをされてきた。
    お式の一週間前に母と二人で縫ったドレスをコトメが勝手に着て、修正が不可能なほど破かれたり、留守中に凸してきては家中を散らかされ、自分たちで散らかしたくせに片づけができていないと馬鹿にされたりもした。
    私のアレルギー食材を意図的に混入されて危うく杀殳されそうになったこともある。

    結婚して三年経っても子供ができなかったから、孫を産めない女は出て行けと毎日のように鬼電。
    子供ができない理由が男性.不妊だとわかって私たち夫婦が養子を迎えたら、トメとコトメは旦那の子じゃないという理由で私たちが見ていないところで暴力と暴言を繰り返していた。

    それが発覚して旦那は実家と完全に縁を切り、私家に婿養子になった。今は私両親と子供と二世帯合計5人と犬2匹で暮らしている。

    平和に暮らしていたんだけど、先日トメからSOSがきた。
    自分の浮気が原因で返品されたコトメが再婚に邪魔だからと子供を置いて行ったけど、年寄り一人では育てられないからうちの子を施設に返して、コトメ子×2を自分ごと引き取れ「マンションなんて嫌だけど我慢してあげる」だってさ。
    寝言かと思ったわ。
    「そんな血のつながっていない他人の子なんかいつまでも面倒みていないで、私たちの世話をするべき」なんて、素面でよく言える。
    大事な子を捨ててこいなんて言われて平気な親なんかいるわけない。
    当然、私たち夫婦の答えはNO。私以上に旦那がブチ切れた。

    そもそも、元旦那がコトメをコブごと返品したのは「自分の子じゃない」って理由。
    トメは知っていてコトメを止めずに、コトメ子を預かって小遣いまで与えて不倫させていた馬鹿親。間男を家にあげて、もてなしてごはん食べさせていたって言うんだから呆れる。
    昔から、トメはコトメが何をしても叱らない親だったそうだ。
    コトメは、小さい時から欲しいって言った物は何でも買い与えてもらって、嫌いな食べ物は食べなくていいのよ~って炭水化物とおやつばっかり食べて、一晩中好きなだけゲームをやって、当然眠いから朝は起きられずに学校に行かないって生活をしていたらしい。

    旦那も同じように育てられたけど、躾に厳しかった大ウトメが半ば強制的にスポーツをさせて、中学から遠方の寮のあるところに進学させてくれたから助かった。
    もし寮に入っていなかったら、コトメと同じように自制を知らないまま大人になったろうと旦那本人が言っている。
    トメの過保護と過干渉は、旦那が寮に入ってからはコトメ一人に集中し、厳しいことを言う大ウトメを嫌っていたコトメは激甘な母親にべったりだったから更正の機会がないまま大人になってしまったそう。

    コトメ子×2も、半分トメが育てたようなものだからコトメのコピー。

    トメはコトメが欲しがる物が、おもちゃ→ゲーム→ブランドってどんどん高価になっていっても、好きなだけ買い与えてきた。
    でもウトが数年前に鬼籍に入って、収入もないのに気前よくコトメやコトメ子に貯金で貢いできたからトメはカネコマ。年金の受給資格を満たしていなかったらしく、もう70近いけどパートに出てどうにか食いつないでいる状態。
    そこに出戻りのコトメが転がり込んで仕事もせずに遊びほうけて、新しい男ができるなり実家の母親に子供を丸投げして出て行った。

    私たち夫婦はそんなトメとコトメの状況を親戚から聞いて知っていた。
    ありがたいことに、トメとコトメの人となりを知っている親戚が、知らずにいて後から困るよりは、知っていたほうが対処もできるからって逐一教えてくれる。

    昔、住んでいた家が古い平屋で、玄関に鍵をかけても簡単に開けられちゃうボロ物件だったから散々侵入された。
    だから家を買う時にセキュリティーがしっかりしているマンションにしようって旦那と決めて、私両親と半分ずつ資金を出してこのマンションを購入したんだけど、一銭も出していないクソトメが、私両親を追い出して自分たちを迎え入れろって言える神経が理解できない。
    私にした嫁イビリはともかく、うちの子にした虐待だけは百年経っても許せないってのに。

    コトメ子たちは可哀想だと思う。
    たとえトメがカネコマで餓タヒしても散々好きに貢いだ結果だから本望だろうけど、子供に罪はないんだよね。
    それでもコトメ子は私たち夫婦の手に負えるとは思えない。うちの子のほうが大事。

    今後も関わる気はないけど、数字みたいに割り切れるわけでもなくて書き込んだ。
    文才もなく脈絡なく書き連ねて申し訳ない。

    701 :ちわわ 2018/07/05(木) 12:03:38 0.net
    義母が今年腰の手術をした
    義兄嫁に
    「あんた(もうずっとこの呼ばれ方w)はじいさんばあさん(義両親)に世話になってるんだから
    介護はあんたが全部やりなさいよ
    間違ってもこっちにふらないでね、うちは何にも世話になってないんだから」
    と言われた
    それをそのまま義両親と夫に伝えたら
    義両親的には介護より「世話になってない」の方が怒りのポイントだったらしく
    義兄子への援助(習い事の経費)を打ち切った
    週末に義兄夫婦が揃って私に謝罪に来るっていうんだけど
    頭下げられても許さなくてもいいよね?
    ダメって言われても許さないけど

    569 :ちわわ 2013/06/23(日) 04:04:54 0
    6年前にマンションを購入したんだが、
    その時にトメに「いいわねー、うち(築40年超一軒家)と交換してよ」と言われた。
    その時は夫婦そろって冗談だと思って流したんだが、その後もしょっちゅう言ってくる。
    しまいに夫がキレて「残りのローン一括で払ってくれたらいいよ」と言ったら
    しばらく言わなくなった。

    うちに子供が産まれてからというもの、この「家を交換(しかしローンは私夫婦で払え)」攻撃がひどい。
    義実家に行くたびに言われる。
    そのたびに夫が「嫌だ、この家には住まない、俺らは今後もあのマンションに住む」
    って断ってくれるんだけど、最近そのやり取りが嫌で義実家に行くのが憂鬱になってきた。
    トメは健康で、年に一度の健康診断でも異常はなく、持病もなし。至って健康。
    家の手入れと町内会の仕事が面倒だから替わってほしいというのが本心みたい。
    うちから義実家は車で30分の距離なんだけど、朝のゴミ捨て場当番と掃除を、
    朝はゆっくり寝たいから代わりにやってくれないかと言われたこともある。
    これを断ってから上記の家交換要請が始まった。

    何度断っても、言い方を変えて要請してきてしつこい。
    「お庭があったほうが孫ちゃんも遊べていいわよ」←遊ばせに来るからよろしく
    「あのマンションじゃ狭くて子育てできないわよ、かわってあげる」←俺の稼ぎが悪いってことか
    「マンションじゃお友達できないんじゃない?かわって(ry」←子育て世代はマンションの方が多いよ
    その都度夫が論破してくれるんだけど、お互い辟易してきてて、何とかしたい。

    どう言えば、諦めてくれるだろう?これさえなければいい人なんだけど。

    502 :ちわわ 2010/09/05(日) 20:10:53 0
    424商店さんの

    >「男は感情的な女とは話したくないもの」 
    >「お前が冷静にならない限り帰ってあげられないな~」 

    この発言を読んで記憶が甦った。
    以下今から10年以上前の話。相手は元夫。

    元夫も同じく結婚前までは自分の親の悪口言いまくりな人だった。
    そのくせ実家から出たことは一度もない。
    結婚後も、やたらと義実家へ行きたがる。
    それはもう週に4度も5度も。

    元夫は「ウチの母さんが連れてこい連れてこいってうるさいんだよ。
    お前だって母さんがしつこいことは知ってるだろ?」
    って、俺のために我慢してよ、みたいな口ぶり。
    私が買ってきた食材はどんどん無駄になるし
    夫が帰宅前に作っておいた食事もいっさい食べない。

    71 :ちわわ 2015/01/18(日) 10:00:24 ID:V9V
    コトメと一緒に嫁いびりしてくるトメ
    でもコトメが嫁ぎ、トメも大病患ったりして弱り、いびられることも少なくなった
    とは言え、焼かれた昔のアルバムや盗まれて他人にあげられた祖母や母の形見など、取り戻せないものが返ってくるわけでもない
    そしてウトが逝き、消沈したトメは床に伏せるようになり、痴呆の症状も出てきた
    旦那は単身赴任の上忙しく、コトメは隣県で自然と介護は私がやることに
    伏せてから一年程でトメは亡くなった
    通夜でコトメは泣きながら私を責めた
    こんなに早くタヒぬなんておかしい、お前が毒でも盛ったんだろう!とか
    旦那や親族の一人が、私は仕事も休職してちゃんと介護していた、自分は何の手伝いもしなかったのにそれはないだろう、とたしなめた
    そもそも最期は病院で迎えたから、不審タヒというわけでもない
    他の親族は、コトメちゃんもお母さん亡くして気が立ってるのよ、とかばっていたが、
    私は泣き崩れ、一生懸命に介護したこと、頑張って長生きして欲しかったことを訴えた
    嫁いびりをしていたコトメや、それを知っていた旦那以外は、私に同情し、中にはコトメに、実の母親なんだからアンタもちゃんと看てあげるべきだったと厳しく言う人もいた
    居づらくなったのかコトメはコトメ旦那を置いて出て行った

    実際、トメがたった1年でタヒぬなんて思ってもみなかった
    おかげで言いたいことも全部は言えず、やりたいことも半分くらいしか出来なかった
    それでもトメがコトメに遺しておこうとした着物や宝石(高かったらしいが古臭いもの)はほとんど始末出来た
    子供時代のコトメを写した写真もトメの目の前で燃やした
    トメが、コトメちゃんに会いたいと言えば、呼んだフリして、来ませんねえ、もうお義母さまのことはどうでもいいのかしらねえ、と語りかけた
    ごめんなさいと謝られれば、じゃあ母の形見返してください、返してくれたら許してあげますよと言った
    食事はちゃんと栄養第一で作ったが、味は泥水の方がマシじゃないかってくらいまで不味くするのに苦労した
    毎日こんな風にするだけで人は衰弱してタヒぬんだね、脆い
    毒、か
    言葉も毒と言えるなら、コトメのセリフも間違ってはいない

    323 :ちわわ 2011/07/19(火) 23:52:05 0
    出産してからどうやら私のことは見えてないようで、義実家でご飯食べるときは子の分しか出してくれないトメ。
    毎回こうだから、カップラーメン持参で行ったら、『嫁子ちゃんも食べていいのに』て遠くから言ってきた。
    フルーツをあげるって渡されたら『きちんと孫ちゃんに全部あげて』て念押ししてくる。嫁が食べるのは許されないんだってよ。そんなのばっかだわ。
    私が超ロングの髪をばっさりショートにしたのも気づきやしないよ。

    ほんと些細なことなんだけど育児ストレスとミックスされて、イライラが倍増する。

    234 :ちわわ 2009/07/17(金) 17:53:19 0
    結婚するときに、母から聞いた話。

    母は田舎の長男に嫁いでしまい、時代もあり朱に交わってエネmeになってしまって数年。
    同居の祖父母に「実家は捨てたものと思え」「電話などはトメの許可を得てするように」と言われ、
    父に愚痴っても「でも結婚ってそういうものだろ?今のお前の苗字はなんだ?」
    と、本当に結婚以来ほとんど実家には帰らせてもらえなかったそうだ。
    母実家の父(私の祖父)が病気に倒れ、介護が必要になっても「お前はうちの嫁」「近寄ることは許さん」で、
    母実家近くに住む母の兄夫婦(実質兄嫁)に全て任せるかたちに(祖母もいたけど、足が悪いので)。

    もういよいよ悪い、というときに、土下座をして「せめてもう一度だけ父の生きている顔を見たい」と
    泣きながら訴えたら、祖父に丸めた雑誌で頭をはたかれた。
    「お前はあの家の人間ではない、○○という男(祖父)とお前はもう他人なんだ」と。
    母いわく「ここで私の中の最後の線が切れた」らしい。
    もうどうにでもなれ、と通帳を探して(お金は、たとえ食料品を買うのでも、トメに頭を下げてそのつど
    手渡してもらう、がルールだったそうだ)次の日にでも実家に行ってしまおう、許可なんかいるか!
    と準備をしていたら、その夜祖父の訃報が飛び込んできた。

    「仕方がないので葬式だけは行かせてやる。感謝するように」と送り出され、実家に到着。
    親戚からの親不孝者!の罵りも受け、介護で疲弊しきった兄嫁を見て、母は遺産の相続を断った。
    兄夫婦は「そういうわけにはいかない」と言ったが、とても受け取ることはできないと。
    (祖父の介護や祖母の生活の面倒の費用なども、当然ぜんぶ兄夫婦に頼りきりだったので)
    (母曰く、遺産を全て兄に回してもきっと足が出ていたはず、だそうだ)
    そして、葬式会場にウトメから
    「うちの嫁がそちらに行ってると思いますが、泊まりは許してませんのでくれぐれも」という電話あり。

    82 :ちわわ 2016/06/05(日) 17:01:52 ID:Ap7
    下の子が今月で一歳。そろそろ家族旅行したい!と思い立つ

    乗り気でない夫に、ネットで調べた「赤ちゃんウェルカムのお宿」などを含めた旅行プランをプレゼンする。

    夫乗り気になる。近距離別居してるウトメも連れて行きたいと言い出す。ウトメ好きの上の息子(2歳)も喜ぶ。
    私、渋々承諾する。

    ウトメも喜び、一緒に行くことになる。旅行予定日決まる。

    旅行前前日になって、下の子が風邪引く。私、旅行の延期を提案する。却下される。

    ウトメと夫と上の子、今朝旅行に出発。 ←今ココ

    124 :ちわわ速報|修羅場・鬼女・2ちゃん生活まとめ 2013/10/12(土) 00:41:58 ID:qktiKNSN0
    104 :おさかなくわえた名無しさん:2013/10/11(金) 15:46:56.61 ID:+71DXHlW
    ちょっと前のことだけど...

    息子の小学校の運動会は、陸上競技場の大トラック貸切でやるすごい本格的な運動会。親も積極的に出てくる。
    うちの息子も当然、父親が走る様を見たがっていた。旦那も出たがっていた。のに、前日に骨折。息子凹みまくり。
    当日、遠くからダブル祖父母が来てるのに終始テンション低めの息子。事件が起きたのは午前の最後、色別対抗父兄リレー。参加を募られ、あちこちでパパたちが手を上げてた。凹む息子。そんな中、祖父母ズで歓談してた義父がおもむろに動いた。
    ※義父:花が大好きな農民。65歳

    息子「(´-ω-`)」
    義父「これ、僕も出ていいの?(*・ω・*)」
    よそのママ「パパじゃなくても30歳以上ならいいらしいですよー」
    義父「僕出たいな!(`・ω・´)」
    息子「おじいちゃん、パパの代わりに走ってくれるの?(*・ω・*)」
    義父「走るよー(`・ω・´)」
    義父、荷物の中から何か袋を取り出す。
    義父「孫ちゃんだけ応援する人いないのは寂しいもんね(`・ω・´)」
    息子「(@⌒ー⌒@)」
    旦那「親父、無理はよせよ...」
    義父「息子よ、実はお前には言っていなかったが...僕は...」
    周りに急かされ、袋を持って集合場所へ行く義父。

    1人100m,セミアンカー200m,アンカー400mのリレースタート。中にはスパイク靴を履いた人も。
    1チーム20人でトラック6周、4チーム対抗。義父の番がなかなかこない。レースは終盤。
    息子「おじいちゃん来ないの?(´-ω-`)」
    旦那「まさか...」
    そのまさか。全チームセミアンカーに。義父はまだ待機中。
    旦那「親父、スパイク履いてる...」
    一家総立ち、緊張しながら見守る中、義父にバトンが3位で渡った。
    で、義父、大暴れ。半周で1位に追いつき、他の人たちがバテる中残り半周もペース落とさず独走。両手突き上げてゴール。

    某田舎の県で、義父が400mマスターズの記録保持者だと知ったのはその夜のことでした。

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