修羅場

    322 :ちわわ 2008/12/22(月) 23:40:51 0
    じゃあ妬みたいな出来事。
    正直吹っ切れてるから書くけど。

    もう何年も前だけど
    結婚して義実家とは別居、ウトメは良くも悪くもなく空気だったけどコウトが最悪だった。
    セク八ラは勿論、トイレに入ってるのにドアを開けたり、胸を触ってきたり尻を触って着たり。
    その度に叱ったりウトメや旦那に訴えたが「気にしすぎだ」「偶然だ」とリピート。
    で、段々を味を占めたのかエスカレートしてきて、コウトとその友人にレ亻プされそうになった。

    旦那が出勤してすぐコウトが友人引き連れて押し掛けてきた。
    ゴミを出そうとしたときにコウト襲撃、チャイムも鳴らさずドアを開けてズカズカ入ってきた。
    何の用かと思ってたらなんかニヤニヤして、玄関の鍵を閉めた。
    何で鍵を閉めるのか最初分からなかったけど、コウトの日ごろの行いから「ヤバイ」と悟った私はゴミ袋を
    コウトたちに投げつけ、鍵のかかる部屋に逃げようとした。
    だけどコウト友人に肩をつかまれバランスを崩し押し倒されてしまった。
    服を破いてネ果にしようするので思いっきり抵抗したら「杀殳すよ?」と脅してきて、首をつかまれ思いっきり绞められた。
    無我夢中で抵抗したら足が相手の玉を蹴り上げていた。

    795 :ちわわ 2015/11/24(火) 19:12:16 ID:323
    旦那の学歴コンプレックスが酷いことに気づきました
    旦那は名も知られぬ大学卒で、私は六大学卒です
    運よく?親同士が仲が悪くなり、結納も結婚式もせずお互いの
    親族との交流もありません
    お前の最終学歴は?と訊かれたことが無かったので言わなかっただけで
    隠していたわけでは無いのですが、旦那は事あるごとに、女で四大出てる奴なんてムカつく!
    と言っています
    いまさら言うべきか悩んでいます
    30歳になるのでもう昔の話だし、と私は思っていますがそろそろ年賀状の時期なので
    友人からの言葉でバレるより言ったほうがいいでしょうか
    大学から送られてくる会報などは実家宛にしたままです

    恋愛結婚なので勢いがありお互いのことを詮索しあうこともなかったので、
    口数の多い旦那の学歴などは私は全部知っていて、私はあまり喋らないので聴かせていないというだけです
    夫の言うところの高学歴があってもパート主婦の私からしたら、むしろ良い大学出たのにそれなんだ、と
    見下せて良いような気がするのですが、そういう考え方をしてもらえるでしょうか

    428 :ちわわ 2013/12/02(月) 22:26:06 0
    勝手に自分語りさせてもらう、当然修羅場の話。
    俺が父親の子ではなく、5人いる弟妹も全員種違いだったと知ったのが修羅場だった。
    母がいきなり祖母(父方)の3回忌に参加せず逃走、代理と称してやってきたのは俺の父が非常に嫌ってる母の親友。

    そいつから「神妙な顔して上座に座ってるけど俺君お父さんの子じゃないんだよ?図々しいねw」とか言われて親戚一同と俺騒然。
    どういうことかと問い詰めたら、元々俺の両親はデキ婚だったんだが俺は母の当時の彼氏の内の誰かの子で、その当時金の卵ともてはやされて大手企業に就職してた父と結婚するために父の種だと言い張ったらしい。
    確かに俺は父に似てないし母にも似てない、先祖返り的に祖父なり曽祖父の系統が出てるんだろうでスルーしてた親戚に取っては青天の霹靂。
    父はうすうす感づいてたんだが、氏より育ちで無視することにしてたらしくバラしたそいつに怒り心頭。
    しかもそいつ曰く、母は結婚後も父とはレスに近い暮らしをしつつさんざん浮氣していて弟妹全員種が違うらしい。
    つまり父の血を引いた子はゼロなのに必タヒに働いて俺等を大学まで行かせてくれてた、カッコウの托卵相手だってもう少しマシな扱いを受けるだろうレベルの悲劇だった。
    俺は泣きながら父に詫びた、親戚は居た堪れなくなって全員退散、弟妹のうち三男と妹二人は事実を知ってたらしく、今後は母と暮らすからと言い捨てて出て行った。
    次男は俺同様父に詫びて、それでも俺の父親は貴方しかいないから頑張って生きていこうとか言ってた。
    そこまで言い切れない俺はきっと母親に似て薄情なクズなんだとか思い込み始めて、俺はここからしばらく躁鬱症を患ってた。

    今はなんとか立ち直って就職・結婚し、定年過ぎた父親の面倒を見てる。
    次男の発言は父から金を引っ張るためのパフォーマンスだったらしく、独立して頑張るからと生前分与を貰ってから母親たちと合流してた。
    振り返ってみれば俺のと言うより父の人生が修羅場だった訳だが、自分を根本から否定された母の親友からの言葉は今思い出しても震えが来るほど怖い。
    以上、長文乱文申し訳ない。

    1 :ちわわ 2015/06/04(木) 22:07:33 ID:vsJ
    暇なので語ってみようかと。
    多少フェイクいれてるので矛盾などがあったらすまん。

    スペック
    俺 当時20代前半
    仕事は動物関係
    見た目は…名前はよくわからんが冬のソナタに出てきてたライバル役の男に似てるらしい。

    元嫁 当時20代前半(タメ)
    仕事は俺と一緒で動物関係
    見た目は…イモトアヤコを細くして少し綺麗にした感じ。

    717 :ちわわ 2015/07/07(火) 00:58:04 ID:VXzepjag.net
    プチだけど修羅場だったので

    当時の自分は食品会社に勤め始めて数カ月の新人です
    その日は冷凍庫の整理を上司に頼まれたんで、頑丈な扉の付いた冷凍庫の中を一人で整理してたんです
    しばらく奥の方で作業していたら、丁度誰かが扉を閉めているのが見えました
    慌てて「まだ中に居るから!閉めないで!」と叫んだのですが、外の人は聞こえていないのかそのまま扉を閉めた上に鍵まで掛けてしまいました
    リアル世にも奇妙な物語だーなんて馬廘な事を考えながら、扉を叩いたり大声で叫んだり色々試してました

    結局様子を見に来た上の上司が開けてくれるまでの約15分を-18℃の冷凍庫で過ごしましたが、後々扉を閉めたのが上司だと判明しました


    前述の通り世にも奇妙な物語で似たような話があったので釣りだと思われるでしょうが、実際に起きたのでご注意を

    159 :ちわわ 2017/08/14(月) 12:45:26 ID:+oLnxxCx.net
    とれたてホヤホヤの修羅場

    先日、お盆でみんな集まるからと簡単な同窓会をした
    その中で私は結婚が決まったので報告したんだけど、1人の元同級生が発狂
    そいつは私が小学校から中学までの5年間好きだった人、でも中2の時のバレンタインで、みんなの前でチョコを校内の池に投げ捨てられて、ああこいつダメだと思ってから嫌い
    その後高校でバラバラになって、私はバイト先で出会った年上の人と交際してそのまま結婚になりました

    同窓会で「結婚が決まりました!」と、報告
    みんな盛り上がってくれる中、1人が「もしかして同級生の中にいるんじゃね?」と茶化した途端そいつが発狂

    「誰がお前なんかと結婚するか!」
    「デブスだったくせに調子乗りやがって!」(当時はかなり太ってたかもしれない)
    「そこまで言うなら付き合ってやるよ」←!!?
    「あの時だって焦らしてやったんだ!今になって泣きついてきたんだから、結婚してやる」←!!!!?

    男衆がそいつを羽交い締めにして落ち着かせ、私はみんなに婚約者がどんな人か説明、でも知ってる人の方が多かったし根回しの意味なし
    確かに昔は好きだったけど、今は嫌いで嫌いで仕方ない……
    なんでそいつが発狂したのかはわからないけど、聞いたところによると、高校の時に付き合ってた彼女にこっぴどくふられてから、そういや昔私が自分のこと好きだったよな?と考えたらしい…
    なんで丹精込めた手作りチョコをどぶ池に放り込んだやつのこと、まだ好きでいると思えるのか…
    もう地元離れて婚約者と同棲してるから、そいつのことは忘れて暮らす

    682 :ちわわ 2013/09/28(土) 16:44:46 0
    10年くらい前に母が軽トラにひかれた
    私はその時家にいて近所の人が知らせてくれたので現場に向かうと、
    すでに母は救急車で運ばれて、警察官と軽トラの運転手がいた
    警察官に「どの病院へ行ったか後で報告するから家で待機してて」といわれ
    仕事中の父に連絡したりしていると病院がわかったので
    帰ってきた父と向かうと、簡易ベッドに寝かされている母
    事故のせいかテンション高くて、ひかれたのに案外元気そう
    母に「また骨折したんじゃないの~?大丈夫そうだね~」(何年か前に原チャリで転んで骨折してたので)と話しかけていたら、
    医者に「肝臓にヒビが入ってるから絶対安静にしてなさい」と言われたのが修羅場

    ちなみに、軽トラの運転手は、母が自転車で飛び出してきたと言っていて
    母もその時の記憶が全くないと言っていたのと
    直接見た人が警察官が来たときにはいなかったらしく
    母の不注意で終わりそうだったが
    現場検証に父と警察で行ったときに、たまたま目撃してた人が犬の散歩で通りかかって話を聞くことが出来た
    先に自転車で出てきた母を後ろから軽トラが追突した
    軽トラの運転手嘘ついてたよ

    嘘がバレてから母のお見舞いに運転手が来たときに静かに怒る父が怖かった

    227 :ちわわ 2017/02/23(木) 12:52:41 ID:njp

    犬小屋で凍タヒ寸前の同級生(8)が寝ていたのが修羅場。


    もう20年以上前の話。
    当時のことをちょっと思い出してしまったので投下しにきた。

    宗教・キチ・長文・胸糞
    当時8歳。うろ覚えのところもあるからそこは推測も混じる。
    同級生=以下Bとする。

    以上がアウトな方は回避推奨です。

    Bは小学校に入ってすぐ転校(1年生の途中)してきた。
    詳しくは知らないけど祖父母の元に母親と身を寄せていた風。
    そこまでは珍しい話じゃないけど、その家の祖父母がおかしな宗教にハマっていたことから近隣は遠巻きにしていた。
    私とBは家が近所だったから登下校で毎日一緒になっていた。(集団)
    Bは冬でもTシャツ半ズボンだったから当時の私には異様に見えた。
    私の地元は毎年冬には20~30cmの積雪がある地方。
    そんな中をTシャツと半ズボンだけで外に出すなと近隣の大人が何度も言ったそうだが、祖父母は耳を貸さなかったそう。
    クラスがいっしょだったから、給食の時に「家で食べさせてもらえない」って聞いて以来、食が細かった私は毎日おかずとか牛㲗とかをあげていたのを覚えている。
    今でいうネグレクトだが、どうもこれは宗教かぶれの祖父母の教育方針で
    「薄着の方が強く育つ」
    「〇〇様のお告げで子供に贅沢をさせてはいけない」という理由かららしい。(母談)
    見かねた大人が子供のおさがりをあげても祖父母が処分するという悪循環。
    当時の近隣の大人たちの心境は「関わりあいたくない」「凍(餓)タヒでもしたら」という感情が混じり、祖父母の眼に触れない範囲でご飯を食べさせたり、登校の際に上着を貸して、下校の際に返すように言ったりしていたそうだ。
    当時児相とかがあったのかはわからないけど、大人たちは学校に相談したり、担任が直訴に来たり色々していたようだ。
    二年生の夏休みに脱水症状で道端で倒れているところをうちの母が保護したこともある。
    それがきっかけで体調がよくなってからBは家で夕飯を食べていくようになった。
    こう書くと典型的な放置子を拾ってしまった風にも見えるけれど、Bは放置子にありがちな悪ガキではなく、食べた食器を自分から洗ったり、弟(3)をあやしてくれたり、大人と会話をする時に敬語を使っていたりと、その年の子供にしてはしっかりしているいい子(母談)だった。
    毎日うちでご飯を食べていることを気にしていつも私に謝っていた。

    827 :ちわわ 2018/04/05(木) 22:47:46 ID:pLz3oFzC.net
    今日子どものアレルギー検査結果を病院で聞いてきた。
    今帰ってきた旦那に、ご飯出して、食べてる間に、検査結果、生活の注意点などを説明した。
    明らかに途中から、聞いてなかったので指摘したら「ちゃんと聞いてた」の一点張りだけど、言ったこと復唱してみてって言ったら、逆切れしてどんぶりを、投げつけてきて、髪引っ張って玄関まで引きずられた。身の危険感じて、楺み合いの末、旦那を外に閉め出した。
    そしたら携帯で、どうやら警察呼んだみたい。
    ほんとに来るのかな。もう嫌だ消えたい

    531 :ちわわ 2018/11/22(木) 23:42:06 0.net
    スレチだったらごめんなさい。
    あと、初めて投稿するから所々おかしいかもしれないです。

    私の両親は私が1歳半の時に離婚。
    父の浮氣と借金が原因だった。
    父は借金を残して浮氣相手と逃亡したんだが、その浮氣相手がマジキチだった。
    浮氣相手は私が4歳になる頃まで、当時住んでいた賃貸マンションの前で「〇〇~(母の名前)!オラァ!出てこいよ!」と明け方3時頃に怒鳴り散らしたり、
    母方の祖母家に電話を掛けてきて「おいババア!ふざけんじゃねぇ!」と言うだけ言ってガチャ切りしたり、母方の祖父が営む会社に「〇〇(私の名前)コロす」みたいなFAXを何枚も送ってきたり。
    母は3年ほどで、元父の借金を完済し、その後私たちはそこから15分程のマンションへ引っ越した。

    さすがに居場所がわからなくなったのか飽きたのかわからないが、小学校を卒業するころには嫌がらせも全くなくなり、母と穏やかに生活していた。